暮らしの中の『自己決定』
毎年、はらから和音の土手一列に水仙の花が咲きます。はらからが始まった頃、近所の女性の方が一人で黙々と球根を植えてくださいました。あれから6年、球根がどんどん増え、今年は特に可憐な花をいっぱい咲かせています。はらからの前の道を通る学生さん、仕事でバス停へ急がれる方、車で通勤される方、日中散歩をされる高齢の方、ランニングされる方、たくさんの地域の皆様がはらからの花壇を楽しみに見守ってくださっていることに感謝申し上げます。
はらからの利用者と職員が織りなす生活も日々変わってきています。開所当時、職員みんなで袖ケ浦福祉センターへ自立課題の研修に出かけました。研修の内容がつかめず、ちんぷんかんぷんでした。利用者と手探りの日々が続きました。今では、正規職員のほぼ全員が行動障害の研修を受けております。介護福祉士、社会福祉士の試験にも積極的に取り組み合わせて18名となりました。職員同士の会話にも専門職らしい支援内容にかかわる課題が交わされるようになりました。
はらからは重度の利用者の生活の場です。ほとんどの方が話ができず片言やオウム返しの言葉、声だけで生活されています。その日々の中で職員たちは、利用者お一人おひとりの口から発せられる言葉、声、表情、動作、様子から生活支援、共に暮らすすべを考えていきます。「あーかな?こーかな?」その先にお知り合いとなり、生活しやすい関係ができていきます。何をしたいのか、何を考えているのか、食べたいのか、いらないのか、楽しいのか嫌なのか、いったい何がしたいのか途方に暮れることも多く、体調が悪い時をどう表現、知らせてくれるのか不安な夜もありました。日々の暮らしでしか会得することができない支援技術の学びの場でした。
6年が過ぎました。最近職員から聞かせてもらった話です。「利用者はどの方も我が強い。決して職員の思い通りにはならな。それでいいんだよね。ここで自分が出せることがいい。そうでないと生きている意味がない。生きている価値がないと思う」
今年の冬、上着を着ていただこうとしてもすぐに脱いでしまい、風邪をひかせてはと心配して何度も挑戦しても駄目した。お母さまに相談すると「Rさんが決めるのよ」とのこと。夕食も食べ始めはいいのですが、途中から食器を押していらないといった動作を繰り返し、「Rさんが決めるのよ」と。元気に笑いながら歩き回っていたかと思うと、畳に横になり、周りを見ていて気になることがあると立ち上がり、どこまでも職員を追いかけて歩き回る。「自分の行動は自分で決める」ある日突然階段を一人で上っていく。職員はびっくり危ない、危ないと支える職員の手を力強く払いのける。まさに「自分の好きにさせてよ」と言っているようでした。
嫌なことは嫌、梃子でも動かない;いいこと
やりたいことがやれるのは;;;;いいこと
言いたいことが言えるのは;;;;いいこと
食べたいものが食べられるのは;;いいこと
利用者お一人おひとり、生活の中で自己決定して、自分で発信されています。職員はその場面を見つけて応援するのが仕事です。これからも、はらからの支援は本人が決めます。利用者お一人おひとりと職員一人ひとりの関係づくり、関係があって、認め合う関係があって快適な生活が成り立ちます。長いお付き合いでしかお互いを分かり合えません。「Rさんが決めるのよ」利用者が決めたことを見つけ認めることを大切にする支援を続けていきたいと思います。
☆自己決定とは、自分の意志と判断によって自らの生き方を選択し決定していくこと。人にはその権利と欲求があり社会はそれを認めるということ。
令和6年4月10日 代表理事 槌屋久美子